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京都地方裁判所 平成3年(行ウ)39号 判決

原告

長尾憲彰

山埜義一

池田敏彦

上田万里

右四名訴訟代理人弁護士

折田泰宏

中村広明

右復代理人弁護士

島崎哲朗

被告(京都市住宅改良事業室長)

亀田寿

右訴訟代理人弁護士

田邊照雄

被告

寺岡俊光

大富勉

右両名訴訟代理人弁護士

仲田隆明

被告

西村武夫

右訴訟代理人弁護士

西枝攻

主文

一  被告亀田寿及び被告大富勉は京都市に対し、連帯して九四七万五二六九円を支払え。

二  被告亀田寿及び被告西村武夫は京都市に対し、連帯して五九三六万三三四四円及びこれに対する昭和六一年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告亀田寿及び被告大富勉に対するその余の各請求並びに被告寺岡俊光に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の四分の三と被告亀田寿、被告大富勉及び被告西村武夫に生じた費用を同被告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告寺岡に生じた費用を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告亀田寿及び被告大富勉は、京都市に対し、連帯して三一七八万六八九八円及びこれに対する昭和六一年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告亀田寿、被告寺岡俊光及び被告西村武夫は、京都市に対し、連帯して五九三六万三三四四円及びこれに対する昭和六一年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、京都市住宅局改良事業室(以下「改良事業室」という。)の職員が同和地区内の土地建物の買収に関し、京都市に架空の営業補償費や借地権放棄費等の違法な公金支出をさせたとして、京都市の住民である原告らが、その支出当時、改良事業室の室長、同室事業第一課(以下単に「事業第一課」という。)の課長又は主査等であった被告らを、第一次的に地方自治法二四二条の二第一項四号の当該職員(以下『「当該職員」』という。)に当たるとし、第二次的に同号の「当該行為…に係る相手方」(以下『「相手方」』という。)に当たるとして、京都市に代位して、被告らに対し不法行為による損害賠償を求める住民訴訟である。

二  前提事実(争いのない事実)

1  次の各事件当時、被告亀田寿(以下「被告亀田」という。)は、改良事業室長、被告寺岡俊光(以下「被告寺岡」という。)は、事業第一課主幹(昭和五七年三月三一日まで)及び事業第一課長(昭和五七年四月一日から同五八年三月二五日まで)、被告大富勉(以下「被告大富」という。)及び西村武夫(以下「被告西村」という。)は、事業第一課主査の地位にあった。

2  昭和五六年七月七日ころ、被告大富が、京都市により既に買収済みの京都市下京区川端町一一番一九号の建物について、架空の人物が中華そば店を営業していると仮装して、営業損失補償費二六九〇万九二九八円、地上物件移転補償費三八七万七六〇〇円、現住者立退補償費一〇〇万円(合計三一七八万六八九八円)を支出することが必要である旨の支出決定書を作成して、決裁に回し、同月九日までの間に被告亀田等の決裁を経由した後、同日、京都市長職務代理者木下稔の最終決裁を経て、同月一〇日、京都市収入役振出しの額面三〇四五万七三六九円及び一三二万九五二九円の各小切手により、右金額が京都市から支出された(右事実を中心とする事実経緯を以下「川端町事件」という。)。

3  昭和五七年一二月七日ころ、改良事業室第一課職員藤野雅雄(以下「藤野」という。)が、京都市土地開発公社により既に底地が買収済みの京都市下京区尾形町八番の一所在の増田いとゑ(以下「増田」という。)が所有する建物(以下「増田の物件」という。)について、借地権者との間に補償金支払の合意もなされていないのに、これを買収したとして、借地権代金四五〇五万六〇〇〇円を補償する必要がある旨の支出決定書、並びに、建築物代金七九五万四四三〇円及び地上物件移転補償金六三五万二九一四円を補償する必要がある旨の支出決定書(両者を併せて総額五九三六万三三四四円)を作成し、同月一〇日までの間に被告西村、被告寺岡及び被告亀田等の決裁を経た後、同日、前者については市長職務代理者助役奥野康夫の、後者については住宅局長大西盛治の各最終決裁を経て、同月一四日、京都市収入役振出しの額面四五〇万円、五〇〇万円、一四〇万円、二〇〇万円、三〇〇万円及び一三七八万一六七二円の各小切手により、また、昭和五八年三月三一日、京都市収入役振出しの額面三九七万円、三一七万円及び二二五二万円の各小切手により、右金額が京都市から支出された(右事実を中心とする事実経緯を以下「裏金事件」といい、前記「川端町事件」と併せて以下「本件各事件」という。)。

4  原告らは、昭和六一年七月一〇日、要旨次の内容を含む監査請求を行ったが、昭和六一年八月七日、京都市監査委員はこれを却下した。

(一) 改良事業室の職員(氏名不詳)は、昭和五六年七月、京都市土地開発公社から買収交渉を受けていた所有者から委任を受けた畠山忍(以下「畠山」という。)、図越利次(以下「図越」という。)らにその買収価格について脅迫され、実際には、一〇〇〇万円程度の評価しかない不動産に五三〇〇万円の評価をなして、これを不動産所有者に支払い、さらに、右両名から支払の遅延を責められて五〇〇万円を支払った。

(二) 被告西村は、昭和五七年一二月七日、既に京都市が買収済みの不動産を新たに六〇〇〇万円で取得することにして、申請書類を偽造し、京都市から同年一二月一四日、三〇〇〇万円、昭和五八年三月三一日、三〇〇〇万円を各詐取した。

(三) よって請求人は、前記違法不当な公金の支出について、事件関係者及び監督責任者たる市長、当時の助役、住宅局長、改良事業室長に対する損害賠償請求及び右関係職員に対する懲戒処分を求める。

三  争点

1  被告らの「当該職員」該当性

2  被告らの「相手方」該当性及びこれに基づく請求の適否

3  川端町事件

(一) 被告大富及び被告亀田の不法行為責任

(二) 京都市の損害の有無及び損害の填補等の有無

(三) 被告大富及び被告亀田の不法行為債務の消滅時効

4  裏金事件

(一) 被告西村、被告寺岡及び被告亀田の不法行為責任

(二) 京都市の損害の有無

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1(「当該職員」該当性)について

(一) 原告ら

本件支出に関する支出決定の中間決裁に被告らは直接関与しており、これは公金支出そのものを構成し、支出決定という財務会計行為と同視されるものである。また、京都市会計規則一二四条には「地方自治法二四三条の二第一項後段の規定により、賠償責任を負うべき職員は、同項各号に掲げる行為に直接関与した職員とする。」と規定されている。したがって、被告らは支出決定に直接関与した職員として「当該職員」に該当する。

(二) 被告ら

「当該職員」とは、京都市の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者及びその者から権限の委任を受けるなどして、権限を有するに至った者をいう。本件では、市長職務代理者助役及び住宅局長が専決職員として、支出決定を行っており、被告らは、「当該職員」には該当しない。中間決裁は、行政組織の内部的支出決定手続の一つとして専決職員の決定を補助するにすぎず、京都市会計規則一二四条の「直接関与した職員」には該当しない。

2  争点2(「相手方」該当性及びこれに基づく請求の適否)について

(一) 原告ら

被告らは、支出権限者を欺罔して違法な支出をなさしめ、京都市から金員を詐取したものであり、京都市は被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求をなし得るもので、原告らはこれを代位行使している。したがって、被告らは「相手方」として被告適格を有する。

(二) 被告ら

被告らは「相手方」に該当しない。 「相手方」とは、違法な財務会計行為の名宛人(契約当事者)を指す。本件では、支出決定の相手方、土地建物の買収対象者の意味である。職員が違法行為をした場合、右相手方でない場合には、自治体として損害賠償請求権を行使しない場合には、その不行使を怠る事実として所定の手続を行うよう規定されている。

また、「相手方」に該当するとの原告らの主張は時機に遅れたものとして却下されるべきである。(被告亀田及び被告西村)

3  争点3(川端町事件)について

(一) 争点3(一)(被告大富及び被告亀田の不法行為責任)について

(1) 原告ら

ア 被告大富は、前記二2項のとおり、架空の補償を仮装した支出決定書を作成し、これによって決裁権者を欺罔してその内容が真実のものであると誤信させて決裁を得、京都市に違法に公金を支出せしめた不法行為の実行行為者である。

イ 被告亀田は、被告大富の右実行行為の前に、同被告に二〇〇万円の裏金の捻出を指示して右不法行為を教唆したことにより被告大富との共同不法行為責任を負う、仮に右の事実が認められなくとも、少なくとも、被告亀田は、改良事業室長としての監督義務に反し、川端町事件以前から改良事業室において買収・補償業務上常態化していた不正な裏金捻出行為を容認・助長し、その一環として前項の不法行為を招いた(幇助した)ことによる故意ないし重大な過失による共同不法行為責任を負う。

(2) 被告大富及び被告亀田

ア 被告大富

被告大富には、京都市に損害を与える故意も過失もなかった。また、当時の改良事業室においては、架空の営業補償や地上物件移転補償を作ることは、低額な正規の評価額を補い、適正な時価で土地等を買収し、もって、同和地域内の住宅改良事業を円滑適正に行うために行われていたもので、合法かつ正当な職務行為として容認されていたものである。

イ 被告亀田

被告亀田が被告大富に対して裏金の捻出を指示した事実はない。また、被告亀田は室長として部下の指揮監督義務を有するが、同室には事業第一課から第四課が置かれ、各課長が課員を直接指揮監督していたもので、室長はこの案件については直接把握することはできず、書類上、形式的な決裁のみをする体制となっていた。本件でも、不正を発見することは不可能であったから、監督義務違反の故意、過失もない。

(二) 争点3(二)(京都市の損害の有無及び損害の填補等の有無)について

(1) 原告ら

ア 公金騙取行為により、京都市は騙取された額に相当する損害を受けた。

イ 被告亀田及び被告大富の主張のとおり、図越から損害金の一部が返還されたとしても、騙取金三一七八万六八九八円に対する昭和六一年九月一六日から図越からの支払があったとされる平成四年九月一日までの年五パーセントの割合による遅延損害金九四七万五二六九円は填補されていないので、全損害は回復されていない。

(2) 被告亀田及び被告大富

ア 京都市は、出捐した金額により、権利者からこれに見合う不動産を取得したもので何ら損害がない。(被告大富)

川端町事件での京都市の支出金は、買収を円滑に行うためやむなく権利者との間で約束した金員の支払に充てたものであるから京都市に損害がない。(被告亀田及び被告大富)

イ 平成四年九月二日、図越から京都市に対し、川端町事件での公金支出額三一七八万六八九八円が返還され、損害は填補された。(被告亀田及び被告大富)

右の返還金を京都市が受領したことにより、京都市は遅延損害金については賠償義務を免除する黙示の意思表示をした。(被告大富)

(三) 争点3(三)(被告亀田及び被告大富の不法行為債務の消滅時効)について

(被告亀田及び被告大富)

右被告らの行為が不法行為に当たるとしても、京都市がこれを知ったのは昭和六一年(京都府警係官の本件捜査状況を藤野から当時の改良事業室長中村が聴取した際)であるから、不法行為債務は、それから三年で時効消滅しており、被告亀田(平成八年三月六日)及び被告大富(平成八年七月二四日)はそれぞれこれを援用した。

なお、原告らは、平成四年六月二九日に至って初めて本訴において被告亀田及び被告大富を「相手方」とする損害賠償請求をしたものである。(原告ら)

京都市(市長)が不法行為の存在を知ったのは、昭和六一年四月以降であり、原告らが本件訴訟を提起したのは、昭和六一年九月六日であり、以後時効中断している。

4  争点4(裏金事件)について

(一) 争点4(一)(被告西村、被告寺岡及び被告亀田の不法行為責任)について

(1) 原告ら

ア 被告西村は、前記二3項において、藤野が虚偽架空の事実に基づく支出決定書を作成することを同人の上司として指示し、あるいは、少なくともそのような支出決定書であることを知りながら右決定書の決裁をし、これにより、京都市に違法な公金の支出をさせたことにより不法行為責任を負う。

イ 被告寺岡は、右の決定書が内容虚偽のものであることを認識しながら前記二3項のとおりこれを決裁し、これにより京都市に違法な公金支出をさせたことにより、被告西村との共同不法行為責任を負う。

ウ 被告亀田は、昭和五七年一一月ころ、藤野に対し、五〇〇万円の裏金捻出を指示し、裏金事件についての藤野の不法行為を教唆した。仮に、それが認められないとしても、被告亀田は、前記二3項中の決裁時に、藤野から、当該支出決定書の中に右の裏金部分が含まれていることを知らされているから、右の支出決定書に不正な支出部分が含まれていることを認識しながらこれを決裁し、その結果京都市に違法な支出をなさしめた者として、被告西村と共同不法行為責任を負う。また、少なくとも、改良事業室長としての監督義務に反し、改良事業室おいて常態化していた不正な裏金捻出行為を容認・助長することにより、その一環として裏金事件を招いたことによる故意ないし重大な過失による不法行為責任を有する。

(2) 被告西村、被告寺岡及び被告亀田

ア 被告西村

裏金事件は決裁権者の了解の下に行われたものであるから、被欺罔者は存せず、被告西村に欺罔の故意もない。また、被告西村は、裏金事件による支出金を行政目的で使用するつもりであり、私的に費消する意思はなかったから不法領得の意思が存しない。また、裏金をプールする制度は、当時の改良事業室において合法かつ正当なものとして行われていたもので、その一環である裏金事件における被告西村の行為も違法性がない。

少なくとも、昭和五八年三月三一日の支出は、被告西村が同和対策室に配転後であるから、同被告は全く関与していない。

イ 被告寺岡

被告寺岡は、裏金事件に直接関与しておらず、その内容は把握していなかった。また、裏金事件は決裁権者の了解の下に行われたものであるから、被欺罔者は存せず違法性がない。また、裏金をプールする制度は、当時の改良事業室において合法かつ正当なものとして行われていたもので、その一環である裏金事件における被告寺岡の行為も違法性がない。

ウ 被告亀田

被告亀田は五〇〇万円の裏金の捻出を指示し、裏金事件について教唆したことはない。また、裏金事件の支出決定書の決裁時に同決定書の内容が虚偽であることは知らなかった。また、改良事業室において常態化していた不正な裏金捻出行為を容認・助長した事実はない。被告亀田は改良事業室長として、部下の指揮監督義務を有していたが、同室には事業第一課から第四課が置かれ、各課長が課員を直接指揮監督していたもので、室長は、個々の案件については直接把握することはできず、書類上、形式的な決裁のみをする体制となっていたため、裏金事件でも、不正を発見することは不可能であったから、被告亀田に故意ないし監督義務違反の過失は存しない。

(二) 争点4(二)(京都市の損害の有無)について

(1) 原告ら

違法な公金支出行為により、京都市はその全額について損害を受けた。

(2) 被告西村、被告寺岡及び被告亀田

京都市から支出された裏金は京都市の改良事業の遂行上必要な経費に充当していたものであるから、京都市には損害がない。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(「当該職員」該当性)について

「当該職員」とは、当該訴訟において、その適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上、本来的に有する者及び、その者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者をいう(最判昭和六二年四月一〇日民集四一巻三号二三九頁)。

本件各事件当時、被告亀田が改良事業室長であったこと、被告寺岡が改良事業室第一課主幹(昭和五七年三月まで)及び課長(昭和五七年四月以降)であったこと、被告大富及び被告西村が改良事業室事業第一課主査であったことは当事者間に争いがない。

そして、京都市に対する平成元年三月二二日付調査嘱託の結果によれば、本件各事件当時、不動産の買収・補償契約の締結及びこれに係る経費支出決定の権限は、局長等専決規定(昭和三八年五月一六日京都市訓令甲第二号)の定めにより、一件五〇〇万円を超え、三〇〇〇万円以下(昭和五七年三月三一日以前については、二〇〇〇万円以下)のものについては、住宅局長に専決委任され、右金額を超えるものについては、住宅局担当助役が専決する取扱いとなっていたこと、また、支出命令の権限は、金額にかかわらず各局の庶務担当課長に専決委任されており、本件各事件当時の住宅局では、住宅計画課長がこの庶務担当課長の職務を行っていたことが認められる。したがって、被告らは、財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有する者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者とは認められない。

よって、被告らは「当該職員」に該当しないから、右被告らに対し「当該職員」としての損害賠償を求めることはできない。

二  争点2(「相手方」該当性及びこれに基づく請求の適否)について

地方自治法二四二条の二第一項四号の代位請求訴訟は、地方公共団体が同職員又は違法な行為者若しくは「相手方」に対し、実体上請求権を有するにもかかわらず、これを行使しない場合に、住民がこれに代位して提起するものであり、右訴訟の被告適格を有する者は、右訴訟の原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体上の請求権を履行する義務があると主張されている者であると解するのが相当である(最判昭和五三年六月二三日集民一二四号一四五頁以下)。

本件では、原告らは、被告らは共謀して虚偽の文書を作成し、支出権限者を欺罔して違法な支出をなさしめ、京都市から金員を詐取したものであるとして、被告らに対し共同不法行為に基づく損害賠償請求を求めている。したがって、被告らは、原告らによって本件訴訟の目的である京都市の有する不法行為に基づく損害賠償請求権に応ずべき義務があると主張されている者であるから、本件訴訟の被告適格を有することは明らかである。

なお、被告亀田及び被告西村は、「相手方」としての主張は、時機に遅れた主張であるとして却下を求めるが、本件訴訟の経緯に照らし、原告らの右主張が時機に遅れたものとは認められず、また、訴訟の遅延をもたらすものとも認められないので、被告西村及び被告亀田の右主張は採用できない。

(なお、前記第二の二4項によれば、原告らは、監査請求において、本件各事件に関係した者で、京都市から損害賠償請求をされるべき者に対する請求権行使を求めていることは明らかであるから、「相手方」としての請求も監査請求を経ていると認められ、また、「相手方」としての請求と事件として同一性を有する「当該職員」としての請求を出訴期間内に提起しているから出訴期間をも満たしているといえる。)

三  事実認定

そこで、以下本案について判断する。

争いのない事実、〔証拠略〕によれば以下の事実が認められる。

1  改良事業室の概要

京都市は、昭和三五年から、住宅地区改良法に基づき、不良住宅の密集する同和地区の土地、建物を買収除去し、跡地に改良住宅の建設、公共施設の整備をするなどの住宅改良事業を推進していた。京都市住宅改良事業室には、企画管理課、用地課、事業第一課ないし第四課が置かれており、京都市事務分掌規則一九条により、右事業第一課ないし第四課は、住宅地区改良事業に係る土地建物等の取得及び地上物件の移転等に伴う補償に関すること、住宅改良事業に係る土地収用に関すること等の事務を所管しており、事業第一課は、京都市下京区の崇仁地区を担当していた。

被告亀田は、昭和五五年四月一日から昭和五八年三月三一日までの間、改良事業室長の地位に、被告寺岡は、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの間、事業第一課主幹、昭和五七年四月一日から同五八年三月二五日までの間、右事業第一課長の地位に、被告大富は、昭和五二年四月二日から昭和五七年四月一一日までの間、事業第一課主査の地位に、被告西村は、昭和五三年四月から右事業第一課勤務となり、昭和五六年四月一日から昭和五八年三月二五日までの間、同課主査の地位にあった。

そして、被告西村の部下として、藤野及び大村暁等がおり、前記の買収交渉等の事務に当たっていた。

事業第一課が行う買収・補償の事務については、改良事業の対象地域内のうち、市の事業計画を建設大臣が認可した指定区域(これを「ネット」と称する。)内のものと右認可のない指定区域外のものとに分かれており、ネット内の物件については予算の裏付けのある国庫補助事業として京都市が積極的に買収を進め、その補償をし、ネット外の物件については、市が積極的に買収することはしないが、地権者から買収の申出がある場合には、住宅改良法の趣旨に従って買収に応ずることになっており、この場合は、国庫補助の対象とはならないので、京都市が独自の予算で買収することになり、その際、原則として京都市土地開発公社に先行買収を依頼し、後に国庫補助の対象となった際、市が公社から買い戻すという方法が採られていた。

事業第一課の担当する土地建物等の買収、地上物件の移転等に伴う補償の契約及びその経費の支出手続は以下のとおりである。まず、被買収者等との内諾が得られた場合には、その旨の契約を締結し、経費を支出する旨の決定書が起案される。決定書は、まず係員が起案し、続いて、これを、事業第一課主査(係長)、事業第一課長、企画管理課の計理担当の主査、企画管理課長、改良事業室次長、改良事業室長、住宅計画課計理係長、住宅計画課長及び住宅局次長が順次決裁し、案件が三〇〇〇万円以下のものについては、この後、住宅局長が最終決裁を行い、案件が右の金額を超えるものについては、住宅局長の決裁に続き、市長ないし市長職務代理者たる助役が最終決裁を行っていた。

そして、決裁が完了すると右の決定に基づいて契約が締結され、経費の支出について、決定書の内容に沿った収入役に対する支出命令が発令され、この命令に基づき、同市役所会計室において右金額が被買収者等に支払われていた。

本件各事件当時、改良事業室事業第一課では、多数の地権者と買収交渉していたものであるが、買収等の交渉に当たって、権利者から正規の補償額を上回る多額の金員を要求され、京都市の定める正規の補償額では買収が難航することが多かった。そこで、その対策として、未買収の物件を買収したように装い、あるいは買収が済んでいる物件について、さらに買収したように装い(事業第一課では、前者を「先食い」、後者を「二度食い」、「三度食い」〔架空の買収等を二回行ったもの〕などと称していた。)、あるいは架空の借家人補償、営業補償を上乗せするなどして、支出決定を得て、右金額を直ちに、高額な補償を要求する権利者からの買収費用に用いたり、また、将来その用に供するため「裏金」として、プールしたりすることが一般的に行われていた。このことは、事業第一課内の職員の間では共通の認識になっており、改良事業室長である被告亀田もこのような操作が行われていることを認識していた。被告寺岡は、昭和五六年四月に事業第一課に着任した際、被告亀田から、買収に当たっては架空の処理をしないと改良事業室はやっていけない旨の話を聞かされ、その実状を認識した。

2  川端町事件

(一) 京都市下京区川端町一番一五号に所在する岩橋博和(以下「岩橋」という。)所有の土地建物(以下「岩橋の物件」という。)は、昭和四七年ころに、買収対象地域の指定となったもので、被告大富は、昭和五五年ころから同課係員田中幸雄(以下「田中」という。)と共に右物件の買取交渉に当たっていたものである。ところが、同物件の買収交渉の途中、岩橋から「三代目と話をしてくれ」と言われ、昭和五六年春ころからは、右物件の買収交渉は、暴力団三代目会津小鉄会系小若会会長図越と交渉することになった。また、その後、買収交渉は、図越の指示により畠山が主として担当するようになり、被告大富は、畠山と交渉していた。

被告大富は、当初は正当な補償基準額として約一六〇〇万円を提示していたが、畠山らは、過去の同組の賭場の買収の際に、基準額を大幅に上回った額で買収した例を持ち出し「うちにはうちの相場がある」などと右暴力団の威力を背景に執拗に金額の上乗せを要求し、総額六〇〇〇万円の補償額を被告大富に提示してきた。

被告大富は、畠山の要求をやむなく受け入れ、昭和五六年六月初めころ、畠山との間で補償額を五三〇〇万円とし、同金額を同月末までに支払うことを約束した。

また、右の約束がなされたころ、被告大富は被告亀田から、二〇〇万円程度の裏金を買収物件に絡めて捻出するように依頼された。

さらに、被告大富は、同年七月一日ころ、畠山から、同被告が事務手続の都合上前記五三〇〇万円の支払を六月末までにすることができなかったことに因縁を付けられ、遅延損害金としてさらに七月末日までに五〇〇万円を支払うことを被告寺岡と共に約束させられた。

(二) 被告大富は、右の各金員の捻出のため、まず、岩橋の物件の正規の補償分としての九二九万六七〇一円の外、同物件に岩橋博和の子岩橋満が居住していることを利用し、同人が実際には麻雀遊技店を経営していたことにして、同人に対する営業の損失補償の名目で京都市土地開発公社から一三二四万五九三〇円を支出させることにした。

(三) さらに、被告大富は、昭和四八年に京都市が既に買収済みの、かつて藤田繁太郎が所有していた京都市下京区川端町一一番地の一九所在の建物(以下「藤田の物件」という。)が除去されずに残っていたのを奇貨として、ここに架空の金田好一なる人物を仕立て、同人が藤田の物件で中華そば店を営んでいるように仮装し、同人に対する営業補償等の名目で右の費用を捻出することにした。

被告大富は、田中らに決定書の起案を命じて、昭和五六年七月七日ころ、営業損失補償費を二六九〇万九二八七円、地上物件移転補償費を三八七万七六〇〇円、現住者立退補償費を一〇〇万円とする各契約を締結して、合計三一七八万六八九八円を支出する旨の内容虚偽の決定書を完成させた。そして、被告大富は、この決定書に架空の金田名義の電気料金支払証明書等を添付して、右同日から同月九日までの間、決裁に回した。被告亀田の決裁は、被告大富が自らとりに行き、その際、被告亀田から「この分に頼んでいたのが入っているのやなあ。」との質問を受け、これを肯定した。被告亀田は、これにより、同決定書の内容が虚偽のものであることを認識しつつ、同決定書に決裁印を押捺して決裁した。

その後、右決定書は、同月九日、事情を知らない最終決裁者の決裁に回り、京都市長職務代理者木下稔が右決定書の内容を真実のものと誤信して最終決裁をした。

そして、同日付で金田好一との間の架空の契約書が作成され、さらに同日、支出決定に沿った支出命令が発令され、同月一〇日、同市役所内会計室において、同市会計課長田口正巳により、同市収入役振出しの〈1〉額面三〇四五万七三六九円及び〈2〉額面一三二万九五二九円の合計二通の小切手が被告大富及び田中に交付され(京都市の書類上は、金田好一が受領した形式がとられている。)、同日、被告大富は〈1〉の小切手を前記(二)項の京都市土地開発公社からの支出分の小切手と併せて(総額五三〇〇万円)、畠山に渡し、同人においてこれを三和銀行京都支店で現金化して持ち帰った。

(四) その後、被告大富は、畠山との間で支払を約束した前記五〇〇万円を捻出するため、下京区上之町一丁目一一番地所在の園村正男所有物件の借家人武田サワについて実際は立退交渉をしていないのに、あたかも立退が実現するかのように装って同月三〇日、京都市土地土地開発公社に地上物件移転補償費等の名目で額面四三三万九八六六円の小切手を支出させた。

(五) 被告大富は、同日、右の小切手と前記〈2〉の小切手を三和銀行京都支店で現金化した上、別に用意していた裏金を併せて、現金六〇〇万円を作り、そのうち、現金五〇〇万円を畠山に渡し、また被告亀田から依頼のあった前記裏金について、現金一〇〇万円を同被告に渡した。

3  裏金事件について

昭和五七年一〇月ころ、事業第一課では買取事業担当者がそれぞれ担当する物件の関係で、被告西村は三〇〇万円ないし四〇〇万円の、被告寺岡は約九〇〇万円の、藤野及び大村は約七五〇万円の裏金を必要としていた。

被告西村は、右の裏金を捻出する手段として、増田の物件を利用することにした。増田の物件では、「糸ちゃん」の屋号で飲食店が経営されていたが、その敷地は、かつて張高駿の所有であったものを、昭和四八年一二月に既に京都市が買収済みであった。しかし、増田の物件の方は、買収が難航し、昭和五六年以降は買収交渉もされず放置されていた。

そこで、被告西村は、増田の物件を買収したことにして架空の決定書により決裁者を欺罔して支出決定を得るべく、昭和五七年九月ころ、藤野に対して「増田の件でどれだけできるか積算してくれ」と依頼し、裏金がどの程度できるかを試算させた。その結果、藤野も被告西村の意図を察し、借地面積を実際よりも大きくするなどして約六〇〇〇万円を積算し、そのころ、被告西村に約六〇〇〇万円まで京都市から支出させることができる旨を伝えた。

他方、同年一〇月末から一一月中旬までの間に、藤野は、被告亀田から、買収物件に絡めて年末までに五〇〇万円を捻出するよう依頼された。

また、同年一一月には、事業第一課で買収の担当地域を同じくする者で構成されるブロック会議が開かれ、これに被告寺岡、被告西村及び藤野等が出席し、出席者がそれぞれの懸案事項を話し合ったが、その結果、右の担当地域における買収用の資金が相当額不足していることが出席者の共通認識となった。

このような中で、被告西村が藤野に増田の物件で架空の補償費用を作ることを命じ、これを受けた藤野が大村と共同して、同物件に関する決定書の起案に着手し、昭和五七年一二月七日ころ、土地代金(借地権代金)を四五〇五万六〇〇〇円として借地権放棄契約を締結し、同額を支出する旨の決定書(第一決定書)及び建物代金を七九五万四四三〇円、地上物件移転補償金を六三五万二九一四円として契約を締結し同額を支出する旨の決定書(第二決定書)の二通の内容虚偽の決定書を完成させた。

右の各決定書は、同月八日、被告西村が決裁し、その後、同日から、同月一〇日までの間に、被告寺岡及び被告亀田がそれぞれ決裁印を押捺して決裁した。

被告亀田の決裁は、藤野が直接取りに行き、その際、藤野は、被告亀田に対し、右の各決定書の中に、被告亀田から依頼された金員の捻出分が含まれている旨伝えた。

そして、同月一〇日、右の各決定書は、事情を知らない最終決裁者の決裁に回り、第一決定書については、市長職務代理者助役奥野康夫が、その内容を真実のものであると誤信して最終決裁をし、第二決定書については、住宅局長大西盛治が、その内容を真実のものであると誤信して最終決裁をした。

そして、右の両決定に沿った形で、同日付で増田との間の架空の立退補償契約書が作成され、これに基づき同月一三日付で発令された支出命令により、同月一四日、同市役所会計室において、京都市収入役振出しの〈3〉額面四五〇万円、〈4〉額面五〇〇万円、〈5〉額面一四〇万円、〈6〉額面二〇〇万円、〈7〉額面三〇〇万円及び〈8〉額面一三七八万一六七二円の各小切手が振り出され、藤野及び大村がこれを受領した。また、昭和五八年三月二八日付で発令された支出命令により、同月三一日には、京都市収入役振出しの〈9〉額面三九七万七二一五円、〈10〉額面三一七万六四五七円及び〈11〉額面二二五二万八〇〇〇円の各小切手が振り出され、藤野がこれを受領した。

右各小切手のうち、〈3〉〈5〉〈6〉〈7〉の小切手は、その後藤野らが長岡良弘、谷口文男及び柳原秀雄(代理人岸田力)らの各物件の裏金として支払い、〈4〉の小切手は、振り出された日に藤野が被告亀田に渡し、〈8〉の小切手は、藤野らが増田正行という架空名義で現金化し、川越義秋、鈴木愛子及び田中悟の各物件の買収等の裏金として使用した。

また、〈9〉の小切手は藤野らが前同様の架空名義で現金化した上、村田利一及び平井三千代の各物件の買収等についての裏金として使用し、〈10〉及び〈11〉の小切手については、藤野から同課主幹箕浦昭文を通して岡村課長に一旦提出されたのち、右箕浦に戻され、同課のプール金として預金され、その後同課の各物件買収の裏金として使用された。

以上の事実が認められる。

なお、被告亀田は、本人尋問及び陳述書(〔証拠略〕)において、藤野及び被告大富に対する各裏金捻出の指示及びその受領、並びに本件各事件の各支出決定書の決裁時における、その内容の虚偽性の認識を否定している。しかし、被告亀田の右供述等は、〔証拠略〕に照らして採用し難い。

四  川端町事件について

1  争点3(一)(被告大富及び被告亀田の不法行為責任)について

(一) 被告大富について

前記三2項の認定事実によれば、被告大富は、畠山等から要求された金員を捻出するため、岩橋の物件で金田好一なる人物が中華そば店を営んでいることを仮装して、その営業損失補償費等を要する旨の内容虚偽の支出決定書を作成し、事情を知らない決裁権者を欺罔し、決定書の内容が真実であると誤信させて支出決定を得、京都市に正当な根拠のない支出をさせたものであるから不法行為の実行行為を行ったものと認めることができる。

被告大富は、本件各事件当時の改良事業室においては、架空の営業補償等を作ることは合法かつ正当な職務行為として容認されていた旨主張する。この点、なるほど、前記三項認定のとおり、当時の改良事業室においては、架空の買収や補償が一般的に行われていたことが認められる。しかしながら、京都市の最終決裁権者(住宅局長、助役ないし市長)までもがこれを認識していたことや、このような操作を行うことが最終決裁権者も含めて公認されていたことまで認めるに足りる証拠はないから、合法かつ正当な職務行為であったとみることはできない。よって、被告大富の右主張は理由がない。

(二) 被告亀田について

前記三項の認定事実によれば、被告亀田は被告大富の右不法行為を認識しつつ支出決定書に決裁印を押捺することで、被告大富の実行行為を幇助したものであるから、同被告との共同不法行為者としての責任を負う。

2  争点3(二)(京都市の損害の有無及び損害の填補等の有無)について

(一) 前記三2(三)項認定のとおり、京都市が昭和五六年一二月一〇日に二通の小切手(額面合計三一七八万六八九八円)による支払をしたことにより、京都市は額面相当の損害を被ったと認めることができる。

被告大富は、京都市は右支出に見合う不動産を取得しているから、損害がないと主張する。しかし、前記三2項の認定事実によれば、川端町事件における京都市の支出金は、岩橋の物件について正規の補償費を上回る部分等について用いられているのであるから、この支出により、同物件を取得しても支出に見合う不動産を取得したとはいえない。また、仮に、現実に畠山に支払った額が同物件の適正な時価であったとしても、京都市から支出された小切手が支出手続上予定されたところに用いられず、改良事業室の職員の裁量で使用されたわけであり、支出がなされた時点で、右小切手は京都市による管理統制の全く及ばない財物に化したと評価する外なく、その時をもって支出の総額について京都市に損害が発生したといわざるを得ない。よって被告大富の主張は理由がない。

被告亀田及び被告大富は、買収を円滑に行うためにやむなく権利者との間で約束した金員の支払に当てたものであるから、損害がないと主張する。しかし、前記三項の認定事実によれば、京都市の買収事業は、買収費用がいかに高額になろうとも権利者の言い値で買収を行おうとしたものでないことは明らかであるから、右の主張は採用できない。

(二) なお、〔証拠略〕によれば、平成四年九月二日、図越から京都市に対し、川端町事件における京都市の支出金の返還のため、三一七八万六八九八円が支払われた事実が認められる。

被告大富は、右支払の際、遅延損害金分については京都市が免除する旨の黙示の意思表示をした旨主張するが、京都市が右金員を受領したことのみから直ちに右の意思表示を推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠は存しない。

以上によれば、本件支出のうち、元本額については、京都市の損失は填補されているが、右返還までの間の遅延損害金九四七万五二六九円についての損失は未だ填補されていない。

3  争点3(三)(被告亀田及び被告大富の不法行為債務の消滅時効)について

被告亀田及び被告大富の右不法行為を京都市(市長)が知ったのが、昭和六一年に入ってからであることは、当事者間に争いがない。そして、原告らが本件訴訟を提起したのは、昭和六一年九月六日であり(当裁判所に顕著な事実)、これにより時効の進行が中断しているから、右被告らの消滅時効の主張は理由がない。

五  裏金事件について

1  争点4(一)(被告西村、被告寺岡及び被告亀田の不法行為責任)について

(一) 被告西村について

前記三3項の認定事実によれば、被告西村は、事業第一課として必要な裏金の捻出のため、増田の物件を利用することとし、同物件については買収の合意もできていないのにできたように仮装し、借地権損害等の補償を必要とする旨の支出決定書を部下をして作成させ、事情を知らない決裁権者を欺罔し、決定書の内容が真実であると誤信させて支出決定を得、京都市に正当な根拠のない公金支出をさせたものであるから不法行為の実行行為を行ったものと認めることができる。

被告西村は、裏金事件は決裁権者の了解の下に行われたものであるから、被欺罔者は存せず、被告西村に欺罔の故意がない、また、裏金をプールする制度は、当時の改良事業室において合法かつ正当なものとして行われていたもので、その一環である裏金事件における被告西村の行為も違法性がない旨主張する。この点、なるほど前記三項認定のとおり、当時の改良事業室においては、架空の買収や補償が一般的に行われていたことは認められる。しかしながら、前記三3項に認定のとおり裏金事件において京都市の最終決裁権者である住宅局長及び市長職務代理者助役は決定書の内容が虚偽のものであることを知らなかったのであり、また、一般に買収事業に関し裏金の操作がなされていることが、京都市の最終決裁権者(住宅局長、助役ないし市長)にまで認識されており、さらに最終決裁権者も含めてこのような扱いが公認されていたことを認めるに足りる証拠は存しないから、被告西村の右主張は理由がない。

また、被告西村は、裏金事件による支出金を行政目的で使用するつもりであり、私的に費消する意思はなかったから不法領得の意思が存しない旨主張する。この点、前記三3項の認定事実によれば、確かに、私的な利益を目的とする意思はなかったものと認めることができる。しかし、裏金事件の支出金は、予算や法律上の支出の規制を離れ、これを取得した職員の意のままに利用処分できる状態に置かれるのであるから(前記三3項の認定事実や前掲各証拠によれば、実際、藤野らの判断により適宜地権者らに払われていることが認められる。)、支出金をこのような状態に置く意思があれば、不法領得の意思があったと認めることができるというべきであり、前記三3項の認定事実によれば、被告西村に右の意思の存したことが認められることは明らかである。よって、被告西村の右主張は理由がない。

また、前記三1項の認定事実によれば、京都市の昭和五八年三月三一日の支出は、被告西村が同和対策室に転出後であるところ、被告西村は、これを理由に、同支出に関しては同被告に責任がない旨主張する。しかし、前記三項認定のとおり、京都市の支出は支出命令に基づいてなされるが、この命令は支出決定書の決裁終了後、決定書の内容に沿った被買収者との間の契約書が作成されれば発令されるものであり、決定書の決裁を得る段階から当然の流れとして、契約書(決定書の内容が架空の場合にはこれに沿った契約書も架空のもの。)が作成され支出命令に至ることが予定されているといえる。そして、前記三項認定のとおり、昭和五八年三月三一日の公金支出も、昭和五七年一二月一〇日に最終決裁された決定書及び同日付で作成された契約書に基づくものであるから、被告西村が事業第一課在籍中に行った、右決定書の最終決裁を得た行為と、右公金支出行為との間には相当因果関係があると認めることができるから、被告西村は、右支出についても責任を負うというべきである。

(二) 被告寺岡について

被告寺岡は、前記三3項認定のとおり、内容虚偽の決定書を決裁しているので、その際、決定書の内容が虚偽であるとの認識を有していたか否かが問題となる。この点、証人藤野の供述中に、被告寺岡は増田の物件に補償の上乗せをすることを認識していた旨の部分が存し、また、被告寺岡本人は、本人尋問において、裏金事件当時重要な懸案となっていた改良住宅第九棟建設のため、増田の物件の買収が絶対に必要であることについては認識していた旨供述している。しかし、証人藤野は、他方で、増田の物件の買収額の中身や時期等について被告寺岡が知っていたかどうか不明であるとし、また、被告寺岡は内容を精査するような余裕はなかったと思う、被告寺岡は改良事業室の経験が浅かったために具体的な買取交渉の実状は知らなかったといえるのではないかなどとも述べていることに照らすと、同証人の前記供述を直ちに採用することはできない。また、被告寺岡が、裏金事件当時、増田の物件の買収が絶対に必要であるとの認識を有していたとしても、当時の事業第一課における運用からすれば、買収のための資金捻出の方法としては、他の物件の買収に絡めて裏金を捻出する方法もあり得たわけであり、増田の物件を買収することと、その買収に絡めて裏金を捻出することは必然的な関係にあったわけではないから、買収の必要性の認識から直ちに増田の物件で裏金を捻出するということまで認識したと推認することは困難である。その他、被告寺岡が前記決定書に決裁をする際、当該決定書の内容が虚偽であるとの認識を有していたことを認めるに足りる証拠は存しない。

(なお、〔証拠略〕によれば、右の決定書は内容面において矛盾点を有するものではなく、また、これに決定書の内容に沿った疎明資料も添付されているものであり、それ自体から、虚偽の内容が含まれていることを認識し得る可能性があったとは認められず、この点を見落として決裁を行ったことに過失があったと認めることはできない。)

よって、原告らの被告寺岡に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(三) 被告亀田について

前記三項の認定事実によれば、被告亀田は、西村の欺罔行為を認識しつつ、決定書に決裁印を押捺することで、被告西村の実行行為を幇助したものであるから、被告西村との共同不法行為者としての責任を負う。

2  争点4(二)(京都市の損害の有無)について

被告西村及び被告亀田は、裏金事件のプール金は、京都市の改良事業の遂行上必要な経費に充当したもので、損害がないと主張する。しかし、右プール金が京都市の正規の支出手続に則った正規の補償として使用された事実は認められず、事実上、買収のために用いられたとしても、結局、改良事業室の職員が任意に使用していたにすぎないから、裏金とされた時点で、京都市による管理統制の全く及ばない財物に化しており、その時をもって支出の全額について京都市に損害が発生したといわざるを得ない。(なお、裏金をその後、事実上、買収事業のために出捐した点については、適正額の範囲で民法上の事務管理等として、京都市に対し費用償還請求権を取得する可能性はあり得ても、これをもって不法行為による損害賠償債務と相殺することはできない。)

よって、被告西村及び被告亀田の右主張は理由がない。

第四  結論

以上によれば、原告らの請求は、川端町事件については被告大富及び被告亀田に対する請求中九四七万五二六九円の限度で、裏金事件については被告西村及び被告亀田に対する請求についてのみ請求の全額につき理由があるので、それぞれ理由のある限度で認容し、その余をいずれも棄却し、仮執行の宣言は相当ではないので付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 芦澤政治 府内覚)

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